2026年10月1日から、お客様からの行き過ぎた言動、
いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)から
働く人を守ることが、
すべての事業主の義務になりました。
対象は、大きな会社だけではありません。
スタッフが数人のサロンや治療院、
小さなクリニックも、同じように対象です。
私は看護師として30年以上働き、
自分でもリラクゼーションサロンを営んでいます。
その立場から、小さな職場の経営者が
「何から始めればよいか」を整理しました。
2026年10月から、何が変わったのか
2025年に労働施策総合推進法が改正され、
2026年10月1日から施行されました。
具体的な中身は、厚生労働省の指針
(令和8年厚生労働省告示第51号)で定められています。
指針では、次の3つをすべて満たすものをカスハラとしています。
- お客様・利用者・その家族など、事業に関係する人の言動であること
- 業務の性質などに照らして、社会通念上許される範囲を超えていること
- 働く人の就業環境が害されること
お店の中だけでなく、電話やSNS、
お客様の自宅(訪問先)も「職場」に含まれます。
守る対象は、正社員だけでなく、パートやアルバイトも同じです。
正当な苦情は、カスハラではない
ここで大切なのは、
お客様の苦情のすべてがカスハラではないということです。
「予約の時間に待たされた」
「説明が分かりにくかった」といった申し出は、
正当な意見です。
問題になるのは、土下座を求める、何時間も居座る、
性的な言動をする、といった行き過ぎた言動です。
指針も、事業者側の対応が原因になっている場合があることに、
注意するよう求めています。
事業主に求められる5つのこと
指針で義務とされているのは、次の5つです。
- 方針を決めて知らせる:「カスハラには毅然と対応し、スタッフを守る」方針を決め、スタッフに知らせる。対応の決まりも定める
- 相談窓口をつくる:相談の担当者を決め、カスハラか迷う段階でも相談できるようにする
- 起きたら適切に対応する:事実を確認し、被害を受けたスタッフに配慮し、再発を防ぐ
- 悪質なケースへの方針を決める:警察への通報、警告、サービスのお断り、出入りの禁止などを、あらかじめ決めておく
- プライバシーを守り、不利益な扱いをしない:相談したスタッフの秘密を守り、相談を理由に不利な扱いをしない
お客様に方針を知らせることも、
効果的な取り組みとされています。
守らないとどうなるのか
パワハラ対策と同じく、措置をとっていない事業主は、
都道府県労働局から助言・指導・勧告を受けることがあり、
勧告に従わない場合は事業所名が公表される仕組みがあります。
ただ、小さな職場にとって本当に怖いのは、罰則よりも、
スタッフが辞めてしまうことです。
一人が辞めるだけで、営業が続けられなくなることもあります。

小さな職場が最初に整えたい6つのもの
5つの義務を、すべて一度に完璧に整える必要はありません。
小さな職場なら、まず次の6つをそろえると、
基本の形ができます。
- 基本方針:「スタッフを守る」と書いた1枚の文書
- お客様向けの掲示:受付や待合に貼るお知らせ。それ自体が抑止になる
- 対応フロー:困ったら責任者に知らせる、時間で区切る、危険なら110番する、という流れを1枚に
- 悪質なケースの対処方針:誰が判断するか、警察署や弁護士の連絡先も書いておく
- 相談窓口のお知らせ:担当者と、言いにくいときのもう一人の相談先
- 記録シート:起きたことを、その日のうちに書き残すための用紙
お客様向けの掲示は、やわらかい言葉で
掲示は、お客様を疑っているように見えると、
かえって雰囲気を悪くしてしまいます。
「スタッフが安心して働けるお店づくりに、
ご協力ください」のように、
協力をお願いする形にするのがおすすめです。
そのうえで、暴力や大声、性的な言動、長時間のクレームなど、
お断りする行為を具体的に書いておくと、
いざというときに伝えやすくなります。
ホームページや予約ページにも同じ内容を載せておくと、
予約の前に知ってもらえます。
相談窓口は代表者でもよいが、もう一人を
小さな職場では、相談の担当者を代表者自身にしてもかまいません。
ただし、代表者に言いにくい場合に備えて、
もう一人の相談先を必ず書いておきましょう。
労働局の「総合労働相談コーナー」など、
外部の窓口を書いておくのも一つの方法です。
サロン・クリニックで起きやすい場面
サロン・治療院
個室で体に触れる仕事なので、
性的な言動や、施術と関係のない個人的な要求が
起きやすいのが特徴です。
施術の内容や触れる範囲を事前に説明しておくと、
「施術と関係のない行為」がはっきりし、断りやすくなります。
クリニック
体調が悪く、不安な方が来る場所なので、
待ち時間への不満が怒りとして出やすい面があります。
待ち時間の目安や、順番の決まりを掲示しておくことが、
予防になります。
医療・介護では「すぐ打ち切らない」
医療や介護では、サービスを急に止めると、
患者さんの健康に影響することがあります。
指針もこの点に注意するよう求めているので、
お断りする場合も、引き継ぎの期間をとることが大切です。
その場での対応と、言い回しの例
カスハラが起きたその場で、どう言葉をかければよいか。
とっさには言葉が出てこないものなので、
あらかじめ言い回しを決めておくと安心です。
まずは、申し出の内容を確かめる
最初から「カスハラだ」と決めつけず、
何に困っているのかを落ち着いて聞きます。
「ご不便をおかけして申し訳ございません。
どのような点でお困りか、お聞かせいただけますか」
ここで謝るのは、不快な思いをさせたことに対してで、
相手の要求をすべて認めるという意味ではありません。
一人で対応しない
話が長くなりそう、声が大きくなってきた、と感じたら、
一人で抱えずに、責任者やほかのスタッフを呼びます。
「責任者から改めてご説明いたしますので、
少々お待ちください」
小さな職場では責任者が不在のこともあるので、
電話で相談できる相手を決めておきましょう。
時間で区切る
同じ要求がくり返されるときは、対応の時間に区切りをつけます。
「次のご予約のお客様がいらっしゃいますので、
本日はここまでとさせていただきます。
改めてご連絡いたします」
何分を目安に区切るかを、
対応フローにあらかじめ書いておくと、
スタッフが迷わずにすみます。
危険を感じたら、ためらわず110番
暴力をふるう、物を投げる、刃物を見せる、といった場面では、
話し合いを続ける必要はありません。
スタッフの安全を最優先にしてその場を離れ、警察に通報します。
「警察を呼ぶのは大げさでは」と迷わなくてよいと、
ふだんからスタッフに伝えておきましょう。
記録シートに書いておきたいこと
カスハラが起きたら、その日のうちに記録を残します。
記録は、再発を防ぐためにも、
警察や弁護士に相談するときにも、大切な材料になります。
- 日時と場所(店内、電話、訪問先など)
- 相手の名前や予約番号など、分かる範囲の情報
- 相手の言動(言われた言葉は、できるだけそのまま)
- 対応したスタッフと、その場にいた人
- どう対応したか、どう終わったか
- 被害を受けたスタッフの様子と、その後の配慮
感想や推測ではなく、
見たこと・聞いたことを事実として書くのがポイントです。
「怒鳴られた」だけでなく、
「『金を返せ』と大声で3回言った」のように書くと、
あとから読んだ人にも状況が伝わります。
看護記録と同じで、
時刻と事実がそろった記録は、あとで必ず役に立ちます。
被害を受けたスタッフへの配慮
指針では、被害を受けたスタッフへの配慮も、
義務の一つとされています。
看護師として、また経営者として大切だと感じるのは、
次の3つです。
- 直後:相手から離し、一人にしない。その日の業務を調整し、帰り道の安全も確かめる
- 翌日〜1週間:「あなたは悪くない」と伝え、本人のペースで話を聴く。同じお客様を担当させない
- 1か月後:もう一度声をかける。眠れない、出勤がつらいといった状態が続くときは、受診をすすめる
2023年には、精神障害の労災認定の基準が改正され、
お客様などからの著しい迷惑行為が、
具体的な出来事として加えられました。
被害が重いときは、
労働基準監督署に相談できることも伝えておきましょう。
対策を始める3つのステップ
何から手をつければよいか迷う方は、
次の順番で進めてみてください。
- 今週:基本方針をつくってスタッフに伝え、お客様向けの掲示を貼る
- 今月:対応フローと相談窓口を決め、朝礼などで読み合わせをする
- 3か月以内:就業規則に、相談したことを理由に不利益な扱いをしないことを定めるよう、社会保険労務士に相談する
完璧を目指すより、まず形をつくって、
運用しながら見直していくほうが、小さな職場には合っています。
業務委託のスタッフも守る
サロンでは、セラピストと業務委託契約を
結んでいることがよくあります。
業務委託のスタッフは、法律上は「雇っている労働者」ではないため、
今回の義務の直接の対象ではありません。
しかし指針は、雇っている人以外に対する言動についても、
同じ方針を示すことが望ましいとしています。
現場で受けるカスハラは、雇用でも業務委託でも同じです。
基本方針の対象に「業務委託のスタッフを含む」と
書き加えておくことをおすすめします。
小さな職場からよく聞く質問
ひとりで営んでいて、雇っている人がいない場合は?
今回の義務は、事業主が「雇っている人」を守るためのものです。
雇っている人がいなければ、義務で守る対象の人はいませんが、
自分自身を守るために、
方針や掲示を整えておく意味は十分にあります。
特に、予約ページの注意書きや、お断りする行為の掲示は、
ひとりで営むお店ほど役に立ちます。
常連のお客様の言動が、だんだん強くなってきたら?
付き合いが長いお客様ほど、注意しにくいものです。
けれど、我慢を続けると、
スタッフのほうが先に限界を迎えてしまいます。
早めに「このようなお言葉は、お控えいただけますか」と、
人柄ではなく、言動そのものについて
落ち着いて伝えましょう。
ネットの口コミで嫌がらせを受けたら?
お店への嫌がらせが、
ネットの口コミという形で起きることもあります。
口コミへの返信の仕方と、Googleへの報告の方法は、
Googleの口コミに悪い評価が来たときの返信の仕方で
くわしく紹介しています。
書式をまとめてそろえたい方へ
ここで紹介した6つの書式を含む24点の書式と、
医療・介護ならではの注意点をまとめた解説編を、
名前を入れて印刷すればすぐ使える形でまとめました。
まとめ
2026年10月から、カスハラ対策は、
スタッフ数人の職場でも義務になりました。
正当な苦情には誠実に向き合い、
行き過ぎた言動には、事業所として対応する。
まずは基本方針、お客様向けの掲示、対応フロー、
悪質なケースの対処方針、相談窓口、記録シートの
6つから整えましょう。
そして、「何かあったらすぐ言ってね」と、
経営者自身が言葉にして伝えることが、
何よりの対策になります。
就業規則の見直しなど、具体的な判断が必要なときは、
社会保険労務士などの専門家にご相談ください。

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