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「もう慣れました」と口にした瞬間、自分の中の何かが
冷たくなった気がした。
そんな経験がある看護師は少なくないはずだ。
患者さんが亡くなっても涙が出ない自分に
戸惑いや罪悪感を覚えたことはないだろうか。
ターミナルケアの現場に長く立ち続けると
悲しみへの向き合い方は少しずつ変わっていく。
今回は、看護師自身が抱える悲嘆
いわゆる「プロフェッショナル・グリーフ」について
30年以上の臨床経験から考えたことをまとめる。
正解を押し付けるつもりはなく、あくまで
一つの視点として読んでもらえたら嬉しい。
「患者の死に慣れてしまった」と感じたとき、まず知ってほしいこと
長年ターミナルケアに携わっていると
必ずと言っていいほど耳にする言葉がある。
それが「患者さんの死に慣れましたか」と
いう質問だ。
正直に言えば、慣れるという表現には強い違和感がある。
慣れたのではなく、感情を出さずにいる方法を身に
つけただけではないか。
そう思うことが少なくない。
看護師は勤務の中で、患者さんやそのご家族と
深い信頼関係を築く。
その関係が終わりを迎えるたびに、看護師の内側にも
小さな喪失が積み重なっていく。
これは「プロフェッショナル・グリーフ」と
呼ばれ専門職として患者や利用者を看取る中で
経験する悲嘆を指す。
家族の看取りに対するグリーフケアとは別に
看護師自身にもケアが必要だという考え方が
近年少しずつ広まってきている。
厄介なのは、この悲嘆が「公認されない悲嘆」に
なりやすい点だ。
家族を亡くした遺族の悲しみは周囲に
理解されやすいが業務として患者さんと
接していた看護師の悲しみは
本人ですら「仕事だから当然」と
押し込めてしまいがちになる。
結果として、悲しみを感じること自体に許可を
出せない看護師が多いのではないかと、現場で
長年働いてきて感じている。
涙が出ないこと、動揺しないことは、決して感情が
枯れた証拠ではない。
むしろ、目の前の処置や家族対応に集中するために
感情を一時的に脇に置いているだけのことが多い。
実際の現場では、ひとりの患者さんを看取った直後に
別の病室でナースコールが鳴ることは珍しくない。
悲しみに浸る時間を持てないまま、次の業務に
切り替えざるを得ない。
この切り替えの速さこそが、看護師という職業の
特殊性であり、同時にグリーフケアが後回しに
されやすい理由でもある。
私自身、新人の頃は先輩から「割り切るしかない」と
言われて育った世代だ。
だが30年以上働いてきて感じるのは、割り切ることと
感情に蓋をし続けることはまったく別物だということだ。
蓋をしたままの感情は消えてなくなるわけではなく
どこかで形を変えて表面化する。
それが数年後の燃え尽きや、離職という形で現れることも
珍しくない。
まずは「慣れる」ことを目指すのではなく
「その都度、小さく悲しみを認める」ことを
目指したい。
これが、この記事全体を
通して伝えたい一番の考え方になる。
世代によって、悲しみの表現に対する価値観は
大きく異なる。
「弱音を見せるな」という文化で育った世代と
感情を言語化することを当然とする世代とでは
同じ職場にいても悲しみの扱い方に温度差が
生まれやすい。
どちらが正しいということではなく、その温度差自体を
自覚しておくことが、チーム内の摩擦を減らす第一歩に
なる。
また、急性期病棟と緩和ケア病棟、在宅の現場とでは
死に向き合う頻度も、その受け止め方も異なる。
異動によって急に看取りの頻度が増え、自分の
感情処理が追いつかなくなるケースも見てきた。
環境が変わったタイミングは、自分の感情の変化に特に
注意を向けたい時期だと言える。
涙が出ない自分を責めなくていい理由、感情表出には個人差がある
悲しみの感じ方や表し方には、大きな個人差がある。
同じ患者さんの看取りに立ち会っても涙を
流すスタッフもいれば、淡々と
業務をこなすスタッフもいる。
この違いは、冷たさの差ではなく、感情処理の
スタイルの違いだと捉えたほうが実態に近い。
悲嘆のプロセスは一直線に進むものではなく
行きつ戻りつしながら少しずつ変化していくものだと
考えられている。
涙という分かりやすい形で表出する人もいれば
数日後にふと業務中に涙ぐむ人、あるいは言葉数が
減ることで悲しみを表す人もいる。
看護師も例外ではなく、感情の出方は人それぞれで良い。
現場で気をつけたいのは、「涙を流さない同僚」を
無意識に評価してしまう空気だ。
「あの人はタフだから」「あの人は冷静だから」と
いう言葉の裏に、感情を出さない人ほど信頼できると
いう価値観が潜んでいることがある。
これは新人指導の場面でも起こりやすく
涙を見せた新人に対して「まだ慣れていない」と
いう評価がつくことすらある。
だが、涙を流すことも、流さないことも
どちらも正常な反応の範囲内だ。
大切なのは、表面的な反応の有無ではなく
その人が自分なりのペースで悲しみと
向き合えているかどうかにある。
もし自分が「涙が出ない自分は薄情なのではないか」と
感じているなら、まずその感情に気づけたこと自体を
評価してほしい。
感情に無自覚なままでいることのほうが
実はグリーフケアの観点からは注意が必要な状態だ。
逆に、涙が止まらなくなる、業務に支障が
出るほど動揺が続くという場合は、我慢するのではなく
早めに周囲や専門家に相談する判断があってよい。
この判断に、絶対的な正解はない。
経験年数によっても、感情との向き合い方は
変化していく。
新人のうちは涙が止まらなかったのに、数年経つと
涙は出なくなり、その代わりに
強い疲労感として蓄積されるようになったという
声もよく聞く。
これは感情が薄れたのではなく、処理の仕方が
変化しただけのことが多い。
だからこそ、ベテランほど「大丈夫なはず」と
自己判断せず、定期的に自分の状態を振り返る機会を
持ってほしい。
新人指導にあたる立場であれば、涙を見せた後輩に
対して「よく頑張ったね」という言葉をかけるだけでも
感情表出への許容度は変わってくる。
指導する側の一言が、その職場の文化そのものを
少しずつ形づくっていく。

現場でできる感情の処理、デブリーフィングと振り返りの実践
感情を抱え込まないために、現場でできる工夫は
いくつかある。
ひとつは、看取り後の短いデブリーフィングだ。
大掛かりなカンファレンスでなくても構わない。
担当した看護師同士で、数分だけ「今回のケアで気に
なったこと」「印象に残った場面」を言葉にする時間を
持つだけでも、感情の整理は大きく変わる。
デブリーフィングで大切なのは、正解を出すことではなく
感じたことをそのまま口に出せる場をつくることだ。
「あの対応でよかったのか分からない」「ご家族の
言葉が重かった」といった言葉を、否定されずに
受け止めてもらえる経験は、感情処理の助けになる。
逆に、反省会のように「次はこうすべき」と
いう指導色が強くなると、本音を言いにくくなってし
まうため、場の設計には配慮が必要になる。
もうひとつの工夫は、記録とは別に、自分だけの
振り返りメモを残すことだ。
業務記録には書けない「自分がどう感じたか」を
数行でいいので書き留めておく。
このメモは誰かに見せるためのものではなく
後から自分の感情の変化を客観視するための材料に
なる。
数か月後に読み返すと、同じような場面でも自分の
受け止め方が変わっていることに気づくことがある。
施設によっては、グリーフケアに関する研修や
ピアサポート制度を設けているところもある。
もし自分の職場にそうした制度がなければ
無理に一人で作ろうとせず、信頼できる先輩や同僚に
「少し話を聞いてほしい」と声をかけることから
始めてよい。
デブリーフィングの形式や頻度は、病棟の
忙しさや文化によって大きく異なるため
ここで紹介した方法がそのまま当てはまるとは
限らない。
自分の現場に合わせて、無理のない形を探してほしい。
デブリーフィングを行うタイミングにも
工夫の余地がある。
看取り直後は次の業務に追われて時間が取れないことが
多いため、その日の勤務が終わる直前や
翌日の申し送りの合間など、短時間でも確保しやすい
タイミングを事前に決めておくと運用しやすい。
質問の形も、オープンすぎると話しづらいことがあるため
「今日のケアで印象に残ったことは」「次に同じ場面が
来たらどうしたいか」といった、具体的で
答えやすい問いを用意しておくと参加しやすくなる。
振り返りメモについても、形式にこだわる必要はない。
スマートフォンのメモアプリに一行だけ残す
手帳の隅に一言書くといった程度で十分で
続けることのほうが内容の精緻さよりも大切だ。
継続することで、自分がどんな場面で心を
動かされやすいのかという傾向が見えてくる。
抑え込んだ感情が積み重なるとどうなるか、バーンアウトのサインの判断基準
感情を出さないまま働き続けると、ある時点で心身に
負荷として表れてくる。
代表的なサインとして挙げられるのが、情緒的消耗感
脱人格化、達成感の低下という3つの要素だ。
これはバーンアウト研究でよく使われる枠組みで
看護師にも当てはまりやすいとされている。
具体的には、以前なら気にならなかった業務が急に
重く感じられる、患者さんに対して感情が動きにくくなる
頑張っても報われている気がしないといった状態が
続く場合は、注意のサインと捉えたほうがよい。
これらは特別なことではなく、悲しみを含めた感情を
長期間処理しきれずにいることの結果として
現れることが多い。
判断に迷うのは、「これは一時的な疲れなのか
それとも対応が必要な段階なのか」という線引きだ。
私の経験では、ひとつの目安として、業務時間外にも
患者さんのことが頭から離れない状態が数週間続くか
どうかを見ている。
休みの日にもふとした瞬間に思い出して気持ちが沈む
眠りが浅くなる、食欲が落ちるといった変化が
重なってきたら、それは体からの警告だと受け止めたい。
もちろん、この基準がすべての人に
当てはまるわけではない。
感じ方には個人差があり、施設の忙しさや人員体制に
よっても負荷のかかり方は変わる。
大切なのは、誰か一つの基準に自分を
当てはめることではなく自分自身の普段の状態を
知っておきそこからの変化に
気づけるようにしておくことだ。
記録アプリやメモで日々の気分を簡単につけておくと
変化に早く気づきやすくなる。
サインに気づいた後の動き方にも判断の幅がある。
まずは信頼できる先輩や師長に、
業務としてではなく個人的な相談として状況を
伝えることから始めるという方法がある。
多くの病院には産業医面談や職員向けのメンタルヘル
ス相談窓口が用意されており、思っている以上に利用の
ハードルは低い。
相談したからといって、すぐに異動や
休職につながるわけではなくまずは話を
聞いてもらうだけでも状態が整理されることは多い。
逆に、自分の中で「まだ大丈夫」と判断を
先延ばしにし続けると限界が来たときに
立て直すまでの時間が長くなりやすい。
これは精神論ではなく、早期に対応するほど回復も
早いという、体調管理と同じ考え方だと捉えてほしい。
ここで挙げたサインや目安は、あくまで一つの参考に
すぎない。
同じ負荷を受けても影響の出方は
人によって異なるため最終的には自分自身の感覚を
一番の判断材料にしてほしい。

自分の心を守るセルフケア習慣、夜勤明けの休息・相談先・キャリアという選択肢
自分の心を守るためには、日々の小さな習慣が
土台になる。
中でも見落とされがちなのが、夜勤明けの休息の質だ。
不規則な勤務が続くと、睡眠の質そのものが低下し
感情のコントロールも難しくなりやすい。
私自身、夜勤明けにいかに深く眠れるかで
その後数日間の心の余裕がまったく違うことを
長年の勤務の中で実感してきた。
寝具や睡眠環境を見直すことも、立派なセルフケアの
ひとつだと考えている。
もうひとつ大切なのが、相談先を複数持っておくこと
だ。
職場の先輩や同僚はもちろん、院内のリエゾンナース
やカウンセラー、あるいは外部のメンタルヘルス相談
窓口など、選択肢は一つに絞らないほうがいい。
職場の外の相談先としては、
厚生労働省の「こころの耳」に、働く人が電話や
SNSで相談できる窓口がまとめられている。
気持ちがつらいときの相談先は、
「まもろうよ こころ」でも探せる。
ひとつの相談先に依存すると、その人と話しにくい時期に
孤立してしまうことがあるからだ。
今の職場の環境そのものが、自分の感情処理を
難しくしている可能性についても、時には目を
向けてほしい。
人員不足で振り返りの時間すら取れない
感情を口にできない空気が根強いといった環境では
どれだけ個人が工夫しても限界がある。
そうした場合、部署異動や転職も、自分を守るための
現実的な選択肢のひとつになる。
30年以上この仕事を続けてきて思うのは
悲しみに強い看護師などいない、ということだ。
ただ、悲しみとの付き合い方を知っている看護師と
知らないまま抱え込んでしまう看護師がいるだけだと
感じている。
もしこの記事を読んで、自分の中に積み重なっている
感情に少しでも心当たりがあるなら、どうか一人で
抱え込まずに、周りの誰かに、あるいは私たちの
ブログにまた会いに来てほしい。
まとめ
「患者さんの死に慣れる」のではなく、「その都度
悲しみを認める」ことが、長く看護師を続けていくための
土台になる。
涙が出ても出なくても、それは間違いではない。
デブリーフィングや振り返りのメモ
信頼できる相談先を持つことは
誰にでもできるセルフケアだ。
自分の心の状態に気づき、必要なときは休息や
環境そのものを見直す判断をしてほしい。
あなたの心も、大切にケアされるべき対象のひとつだ。
今日出会った患者さんへの思いを、明日への力に
変えていけるように、まずは
自分自身にやさしくあってほしい。
看護師の視点でまとめた教材は、
コクアマーケットの看護系カテゴリーで
紹介しています。

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